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最高裁判所第一小法廷 昭和45年(オ)16号 判決

上告人

角田正徳

代理人

大森正樹

被上告人

有限会社

共栄商会

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大森正樹の上告理由について。

原審の確定するところによれば、被上告人と訴外光復物産株式会社間および同会社と訴外木下産業株式会社間における掃除機三〇ダースの各取引契約が、昭和四二年二月一〇日頃いずれも合意解除されて、各取引上の代金債務は消滅し、右商品は被上告人の手もとから光復物産を経て木下産業に返還されたことによつて、被上告人による本件約束手形の振出および受取人たる光復物産から木下産業への裏書の各原因関係は消滅し、被上告人は光復物産に対し、また、同会社は木下産業に対して、それぞれ右手形の返還を求めることとなつたというのであつて、原審の右認定判断は、証拠関係に照らし、首肯するに足りる。右判断の過程に所論のような理由不備の違法はなく、右違法をいう論旨は、その実質において、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

そして、右のような事実関係のもとにおいては、被上告人は、手形振出の原因関係消滅の抗弁をもつて、受取人たる光復物産に対してのみでなく、同会社から右手形の裏書譲渡を受けた木下産業にも対抗し、手形債務の履行を拒むことができるものと解するのが相当である。けだし、かかる原因関係に由来する抗弁は、本来、直接の相手方に対してのみ対抗しうるいわゆる人的抗弁たりうるにすぎないが、人的抗弁の切断を定めた法の趣旨は、手形取引の安全のために、手形取得者の利益を保護するにあると解すべきことにかんがみると、前記のように、自己に対する裏書の原因関係が消滅し、手形を裏書人に返還しなければならなくなつている木下産業のごとく、手形の支払を求める何らの経済的利益も有しないものと認められる手形所持人は、かかる抗弁切断の利益を享受しうべき地位にはないものというべきだからである。したがつて、これと同旨の見解に立ち、被上告人が振出の原因関係消滅の抗弁をもつて木下産業に対抗しうるものと認めた原審の判断は正当であつて、原判決に手形法七七条、一七条に違背した違法があるとする論旨も理由がなく、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(長部謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田誠 大隅健一郎)

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